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ネリリ キルル ハララ

学部1年生のちまちま

#01 『イモータル』 萩耿介

萩耿介さんの『イモータル』を読み終えた。

 

 

イモータル (中公文庫)

イモータル (中公文庫)

 

 

 

この本を購入したのは、ちょうど1年前、大学受験を終えてようやく自由に本が読める...!と思いながら本屋へ向かったときである。まさかそのときは読破するのに1年かかるとは夢にも思っていなかった。知り合いにたまたまこの本を知っている人がいて、それを機に再び手に取ったという形で読み始めた。

 

本の内容やあらすじ等は他の方のブログやAmazonレビューを参照していただきたい。(なぜならこのブログの趣旨はあくまでも私自身の感想を垂れ流しにするための超絶完璧自己完結的なものであり、誰かに本を紹介するためのものではないからである。不親切であるとは思うが、そこは承知願いたい。)とはいえ、この後に話を続ける上ではある程度ざっくりとした内容だけでもかいつまんで話さないと進まないのも事実であるので、以下に背表紙に記載されているあらずじを引用する。

インドで消息を絶った兄が残した「智慧の書」。不思議な力を放つその書に導かれ、隆は自らもインドへと旅立った.....。ウパニシャッドからショーペンハウアー、そして現代へ。ムガル帝国の皇子や革命期フランスの学者が時空を超えて結実させた哲学の神髄に迫る、壮大な物語。

「智慧の書」という一つの書物を焦点に当ててムガル帝国、革命期フランス、そして現代と3つの世界が時空を超えてつながっている。世界史や哲学に詳しい人なら特に楽しめる作品であろう。特にムガル帝国が舞台となる章ではその後の史実を知っていたのもあって、なんとも言えない悲しさを感じながら読み進めていた。

 フランス革命期の学者デュペロンの言葉や思想でいくつか印象に残ったものをあげたい。

まずはウパニシャッドラテン語訳の完成を前にしたとき

まずは原典に触れ、未知の思想を体験することだ。訳文に誤りがあったとしても、触れるだけで自分の思想を相対化できる。固まってしまった世界観を外から眺め、組み直すことができる。つまりは他者の存在を認め、理解しようという余裕が生まれる。

自己という存在を考えるにあたっては他者の存在が不可欠である。他者を考え、理解することで、はじめて相対的に自己を捉えることができる。これは時代を超えて共通していることが彼のこの台詞からわかる。

知恵を忘却の彼方に押しやることで得をする連中のせいだ、変化を望まない連中。つまりは足元が脅かされるのを恐れる連中。

これは学問の都アレクサンドリアのその後の退廃を憂いたデュペロンの言葉である。

人間は変化を嫌い、安定を好む性質がある。今の満足できる暮らしを変えたくないという思いで、安定に執着する。しかし歴史を振り返ると、変化を受け入れて柔軟に対応している者が常に次の時代を指導する立場にいることがわかる。革命期のフランスだってそうだ。絶対王政に拘泥し続けた王族や貴族は落ちぶれ、そしてそれまで政治に関わることのなかった身分の者が次の指導者として歴史に現れた。人間は変化が嫌いだ。しかしそれを受容することのできる者が次の成功者となる。

 

本書の第4章はさらに時が遡りムガル帝国が舞台となる。世俗的な周囲の者たちの中で1人神や宗教の世界に没頭する皇子シコーを視点に、父ジャハーンの死からの激動の権力闘争が描かれている。

帝国の存亡はひとえに異教徒との融和にかかっております。帝国に服したいずれの地域も、もとはと言えば異教徒の土地です。融和と共存なくして安定はありません。

われわれは支配者ですが、彼らと共に生きていかなければなりません。そのためには彼らを理解しなければなりません。

人は心を持っております。心を従わせなければ信頼を得ているとは言えず、国を治めていることにもなりません。

いずれもシコーの言葉である。ムガルはインドの地を征服した帝国である。歴史上、世界各地では太古より「征服と隷属」という関係がみられる。この際に重要なのは、その征服した土地にもともと住んでいた原住民との関係である。重税や強制改宗、強制移住などの圧政を繰り返すと、それに強い反発をする人々による反乱が起こり、短命な帝国支配となる。そうではなく、異文化や異宗教を理解し、融和をしながら関係を図ることが長い帝国支配には必須である。シコーは後者の重要性を知り、それを進めようと苦心していた。その表れが異教の聖典を翻訳するというものだ。

結果的に彼は弟たちとの権力闘争に巻き込まれ、処刑される。その後の歴史をみると、彼の弟アウラングゼーブが帝位につくが、彼の圧政によって帝国は斜陽へ傾く。

 

シコーが翻訳した「智慧の書」はやがてヨーロッパに持ち込まれ、フランスの学者デュペロンによってラテン語訳される。それを手にとったショーペンハウアーが「意志と表象としての世界」を書く。この脈々とした歴史の流れを一冊の書物「智慧の書」を中心に現代へとつなげていく壮大な一冊である。